一歩一歩、確実に。――敷石の隙間に潜む「不確実性」を排除する生き方
現場へ向かう道の途中、ふと足元を見た。
敷石が並んでいた。
等間隔に、きちんと並んでいた。石と石の間には、わずかな隙間がある。土か、砂か、コンクリートか——とにかく「石ではない部分」が、ちゃんとそこにある。
俺はその瞬間、なぜかある種の規律が体の中に生まれるのを感じた。
踏まなければならない。石の上だけを。
なんとなく、そう思った。理由はない。ただそう思った。だから俺はそこから、敷石の上だけを選んで歩き始めた。一歩。また一歩。石の感触を靴底で確かめて、重心を安定させて、それから次の石へと足を運ぶ。
ただ歩いているだけだ。
でも、どこかそれが、儀式みたいに感じられた。
なぜ、石の上でなければならないのか
俺は歩きながら考えた。
隙間には落ちたくない。それだけだ。
でも、なんで落ちたくないのかな、と。べつに敷石の隙間に落ちたって、たかだか数センチだ。足首を捻ることもないだろう。どうということはない。なのに俺の体は、隙間を避けようとする。石の上だけを踏もうとする。
それはたぶん、「確実なところに乗りたい」という本能みたいなものだ。
足を置く場所が確かなら、次の一歩も安定する。次の一歩が安定するから、その次も踏み出せる。転ばない。遅れない。目的地にたどり着ける。敷石の上を歩くというのは、そういうことの繰り返しだ。小さな確実性を積み上げていく、静かな作業だ。
隙間は、俺にとって「不確実性」の象徴に見えた。
踏んでも大丈夫かもしれない。でも、もしかしたら滑るかもしれない。石が濡れていたら? 重心が少しズレていたら? 一度足を踏み外すと、そこからの修正に時間がかかる。それが怖い。
大きくジャンプして、二つ先の石を狙うこともできるだろう。
でも、着地に失敗したら?
派手なジャンプで誰かの目を引く必要はない。俺が必要なのは、目的地まで転ばずに辿り着くことだ。そのためには、目の前の一歩に全神経を集中するしかない。地味でも、目立たなくても、確実に。
敷石を踏みながら、俺はそんなことを考えていた。
一気に跳ぼうとした日々のこと
昔の俺は、ジャンプしたがる人間だった。
今すぐ大きく稼ぎたかった。今すぐ状況を変えたかった。一夜にして何かが変わる方法を探していた。そういう夢想が、どこか頭の片隅にずっとあった。
でも現実は、そのたびに着地に失敗してきた気がする。
バランスを崩して、また元の位置に戻る。あるいは元の位置より少し後ろに下がる。そしてまた、一気に跳ぼうとする——その繰り返しだった。
派手な跳躍には、派手な失敗がついてくる。
それが怖くなってきたのは、いつ頃からだろうか。いや、怖くなったというより、疲れてきたのかもしれない。ジャンプのたびに消耗して、着地のたびにヘこんで、また跳び上がるためのエネルギーを絞り出して——そのサイクル自体が、じわじわと俺を削っていた。
だったら、一歩ずつ踏んでいく方が、長くは続くのかもしれない。
そう思い始めた。
今日の石。明日の石
俺が今やっていることは、まさに一歩ずつ石を置く作業だ、と思う。
記事を一本書く。それが今日の石だ。バス停の場所を一つ覚える。それも石だ。朝ごはんをちゃんと食べる。水を飲む。少し早く寝る。血圧のことを気にして、野菜を一皿食べる。
こういうことは全部、小さな、小さな石に過ぎない。
一個の石だけ見ていたら、何の意味があるのかよくわからない。「サラダを一皿食べた」だけでは、人生は変わらない。「記事を一本書いた」だけでは、まだ何も起きていない。
でも、それを積み重ねたら、どうなるか。
振り返った時に、道ができている。
それが敷石の、本当のことだと俺は思う。歩いている間は、一枚一枚の石しか見えていない。でも、後ろを振り返った時に初めて、「あ、俺、けっこう歩いてきたな」とわかる瞬間がある。その瞬間のために、今日も石を踏む。
派手さはない。でも、確実だ。
確実であることが、結局いちばん速い、という気がしている。
隙間を恐れるより、石を探す
もちろん、全部が全部うまくいくわけじゃない。
石を踏んでいるつもりで、隙間を踏むことだってある。計算が狂うことも、石が濡れていることも、ある。そういう時は、少しよろける。立て直す。また次の石を探す。それだけだ。
隙間に落ちることを恐れすぎると、動けなくなる。
だから俺は、隙間の方をあまり見ないようにしている。その代わり、次に踏む石の方を見る。あそこに石がある。あそこなら踏める。そっちに足を出す。それだけ考える。
不確実性を完全に排除することは、できない。
でも、確実な一歩を選び続けることは、できる。
それが、俺の言う「リサーチ」だ。Googleで調べることだけがリサーチじゃない。次の一手を確認すること、今いる場所を把握すること、踏める石と踏めない石を見分けること——そういう日々の確認行為が、全部リサーチだと思っている。
落ちないように、確実に。
次の石を探しながら、一歩を踏み出す。

