【6】二つのドアと、震える手。――「2択」の恐怖をリサーチで制する。

開けていい扉、いけない扉。――人生を「詰ませない」ための、最強のアナログ・リサーチ。

新しい現場だった。

新しい現場というのは、独特の緊張感がある。何が正解で、何が地雷なのか、まだわかっていない。地図のない土地を歩くような感じ、とでも言えばいいか。とにかく俺は今日、その現場を先に経験している隊員の人に、いろいろ教えてもらいながら動いていた。

建物の中を巡回する時間があった。

ある階に行くと、廊下にドアが二つ並んでいた。

二つ。並んで。どちらかは開けていいドア。どちらかは開けてはいけないドア。

教えてもらった。メモした。頭では理解した。

でも次の階に上がると、そのルールが逆になる。

さっきと左右が反転する。さっき「開けていい」だった方が、今度は「開けてはいけない」になる。まるで俺の記憶力を試しているような、あるいはわざと混乱させようとしているような、そういう設計だった。

目次

ノブに手をかけた瞬間の、あの感覚

廊下に立って、二つのドアを見た。

どっちだっけ、と思った。

頭の中を確認しようとする。さっき聞いたはずだ。メモもした。でも、目の前の二つのドアを見ると、急に自信がなくなる。「たぶん左だった気がする」という感覚と「いや、右だったかもしれない」という感覚が、同時に生まれる。そういう時に限って、記憶って信用できないものだ。

胸ポケットからメモ帳を出した。

書いてあった。「4階、左、ヨシ。右、ダメ。」

左を開けた。

何も起きなかった。正解だった。

ただそれだけのことで、俺は小さく息を吐いた。ほっとした、というより、体がゆっくりと解凍されていくような感じだった。

ドアの向こうで展開される、最悪の物語

俺はたぶん、心配しすぎなんだと思う。

でも、こういう現場にいると、頭が勝手に最悪のシナリオを作り始めるのだ。

もし間違えてドアを開けてしまったら——警報が鳴る。クライアントから会社にクレームが入る。俺はこの現場を外される。別の現場も失う。収入が絶たれる。借金が返せなくなる。再起の計画が崩れる。俺の、ひっそりとした再出発の物語が、たった一枚のドアによって終わる。

そこまで考えてしまう。

「大げさだろう」と言われるかもしれない。「たかがドアひとつで」と思う人もいるだろう。

でも、崖っぷちにいる人間には、世界が薄氷の上に見える。一枚の氷が割れると、そこから全部が崩れていくような、そういう恐怖感が常にある。大げさじゃなくて、そういうふうに感じてしまう、というだけの話だ。

誰かに「気にしすぎだよ」と言われても、感じてしまうものは感じてしまう。

だから俺は、感じないようにするより、感じた上でどう動くかを考えることにした。

メモ帳という、地味で最強の武器

答えは単純だった。

毎回、メモを確認する。それだけだ。

自分の記憶を信じない。「たぶんこっちだった気がする」という感覚を信じない。感覚は揺れる。緊張すると揺れる。疲れると揺れる。でも紙に書いた文字は揺れない。「4階、左、ヨシ。右、ダメ。」この文字は、俺がどれだけ疲れていても、どれだけ緊張していても、変わらずそこにある。

確実なものだけを信じる。

それがリサーチというものだと、俺は思っている。Googleで何かを調べることだけがリサーチじゃない。現場で教えてもらったことをメモに残すことも、リサーチだ。そのメモを毎回確認することも、リサーチだ。記憶という不安定なデータベースより、紙という安定したデータベースを使うこと。それが今の俺にできる、最も確実な行動だ。

胸ポケットからメモ帳を出す。指でなぞる。確認する。動く。

地味だ。ものすごく地味だ。でもこの地味な動作が、俺を守ってくれる。

2択の怖さと、その正体

考えてみると、2択って怖い。

1択なら迷わない。3択以上なら「たぶんこれかな」で絞っていける。でも2択は、どちらかが正解でどちらかが不正解という、ものすごくシンプルな構造なのに、だからこそ「外した時の感じ」がくっきりしている。

正解率は50パーセント。確率だけ見れば悪くない。

でも、外した時のコストが高すぎると、その50パーセントは全然安心できる数字じゃなくなる。コインを投げる感覚で決められるなら、べつに怖くない。でも「外したら人生詰む可能性がある」という2択は、50パーセントでも怖い。むしろ50パーセントだからこそ怖い、のかもしれない。

だから準備が要る。

だからメモが要る。

「もし今日コインを投げるような状況になった時、自分は正解を手元に持っているか」を事前に確認しておく。それが、2択の恐怖を「ただの確認作業」に変換する唯一の方法なのだと思う。

臆病さは、戦略である

俺はたぶん、慎重すぎる人間だと思われているかもしれない。

毎回メモ帳を確認する人間。「たぶん大丈夫」で動かない人間。些細なことを怖がる人間。でも俺はそれを、弱さだとは思いたくない。

崖っぷちにいる人間が生き残るためには、「臆病なまでの慎重さ」が必要なんだと思う。

派手に攻めて失敗できる余裕が、今の俺にはない。だから一歩一歩、メモを確認して、ドアを確認して、進む。それだけだ。地味で、泥臭くて、格好よくない。でもそれが今の俺の、正直な戦略だ。

今日もドアを間違えなかった♪

それで今日は、十分だと思う。

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