線路の先の「期待値」が見えない夜に。――経済的どん底から浮上するために。
駅のホームで、俺は線路を見ていた。
ぼーっと、見ていた。
現場帰りの体は重い。足も痛い。頭もぼんやりしている。
ホームの下には当然ながら線路があるわけだが、電車を待っている間、それがどこまで続いているのか?と考えてしまった。
確実にどこかに繋がっているのだろう。
線路というのはそういうものだ。
そのレールを見ながら、俺はふと思った。
自分はこのまま、行くのだろうか?
ずっとこのまま行くのか?
と。
どん底という場所の、居心地の悪さ
「行く」というのが何を指しているのか、自分でもよくわからない。
ただ、このまま変わらないのだろうか、という感覚だった。
ここ何年も、いや、もっとか。
経済的にずっと底のあたりを漂っている。
私の経済状況はほぼどん底のままなんだ。
漂っているというか、這いずり回っている。
というか這いつくばっている。
海の底をはいつくばっているような生活。
これを続けている。
浮上したいけど浮上できない。
せめて水面には浮上したいのだが。
水の中。
海の中。
海の底。
浮上しかけるような気がする瞬間もある。
でも気がするだけで、実際には浮上していない。水面が見えている気がするだけで、俺はまだ水の中にいる。
浮上のきっかけを掴もうと、本業以外にも、いろんなことをやってきた。
数えたくないくらい、やってきた。数えきれないほどの種を撒いてきた。
ブログを始めた。アフィリエイトを調べた。副業を試した。スキルを売ろうとした。コンテンツを作ろうとした。
そのたびに「これかもしれない」と思って、少し進んで、そしてなぜか別のことが気になり始めて、また一から始める。
積み上げたはずのものを、気づいたら自分で崩している。
石塔みたいだな、と思う。
一段一段積み上げて、ある程度積めたと思ったら、隣にもっとキレイな石を見つけて、そっちに移る。
また一段目から積み始める。前の石塔は崩れていく。そしてまた別の石を見つける——の繰り返しだ。
(ゴールの決め方が悪いのか?)
(選んだ手段が間違っているのか?)
(あるいは、単に『継続』という燃料が足りないだけなのか?)
問いかけても、線路は沈黙したままだ。
当たり前だ。線路は喋らない。
はっきり言って性格の問題なんだろう、とは思う。
「いつかなんとかなる」の賞味期限
いつか、経済的に裕福になれるのだろうか。
俺はよくこれを考える。
考えるというより、自問する。答えは出ない。
でも自問するのをやめられない。なんでやめられないのかというと、たぶん、まだ諦めていないからだと思う。
諦めていたら、自問しない。
諦めた人間は「なれるのだろうか」とは聞かない。
答えがわかりきっているから。
でも俺はまだ聞いている。
ということは、まだ可能性があると思っているということだ。
……そう考えると、少しだけ自分が愛おしくなる。
だいぶズタボロのくせに、まだ諦めていない。ある意味すごいな、と。
ただ「いつかなんとかなる」という言葉には、賞味期限がある気がしている。
「いつか」は、ふわっとしている。
ふわっとしているから、今日じゃなくていい気持ちになる。
明日でもいい。来月でもいい。来年でもいい。
それがじわじわと、行動を先送りにしていく。
「いつか」という言葉が、実は一番の怠け者だったりする。
「いつか」を「いつ」に変えないといけないんだ!
——とここで俺は少し興奮するのだが、じゃあ具体的にいつなんだ、となると、また黙ってしまう。
また、黙って、線路を見る。
見よう。
いや、見ても意味はない。
線路が目的地に繋がっている理由
でも、ひとつ気づいたことがある。
この線路が、向こうのどこかに繋がっているのは、なぜか。
誰かが敷いたからだ。
誰かが一本ずつ、丁寧にレールを繋いでいったからだ。
最初から「向こうまで繋がっている線路」があったわけじゃない。
一本ずつ。一メートルずつ。延ばし続けた結果として、今ここに繋がっている。
線路が目的地に繋がっているのは、誰かがそこへ向けて一本の道を『敷き続けた』からだ。
俺はもしかしたら、レールを延ばすより先に、駅を作りすぎていたのかもしれない。
あちこちに立派な駅舎を建てようとして、肝心のレールを繋げることを忘れていなかったか。
駅だけあって、線路が来ていない。
そういう状態を、何度も繰り返してきたのかもしれない。
気づきとしては地味だ。
でも俺にとっては、なんか、すとんと来た。
駅じゃなくて、レールなんだ。まず、レールを一本延ばすことなんだ、と。
答えは、インターネットには落ちていない
『いつか、経済的に裕福になれるのだろうか?』
その答えは、インターネットには落ちていない。
お金のことを調べ続けている俺が言うのも何だけれど、この問いの答えだけは、検索では出てこない。
出てくるのは他人の成功談や、再現性のあやしいノウハウや、「月収100万円も夢じゃない」みたいな文句ばかりだ。
俺が必要な答えは、もっとシンプルで、もっと個人的なものだ。
今の自分が、どこにいるか。
次のレールを、どこに延ばすか。
答えは、今こうして私が立っている『不格好な現在地』を認め、そこから一本のレールを、明日という日へ向かって泥臭く伸ばし続けることの中にしかないのだ。
それだけだ。
どん底にいる、という事実は認める。
目移りして、一からやり直してきた、というのも認める。
でもその全部が、正解に辿り着くためのテストデータだったと言える日が来るかもしれない。
いや、来る。来るんだ。そう思っておかないとやってられない。
迷走した日々も、崩してきた石塔も、全部データだ。
「これは違う」という情報を集め続けていた、と思うことにする。
それがリサーチだ。失敗もリサーチ。遠回りもリサーチ。全部ひっくるめてリサーチ。
迷走した過去も、やり直した数々のプロジェクトも、すべては『正解』に辿り着くための膨大なテストデータだったと言える日まで。私はこの線路を、歩き続けるしかないのだ。
なんかそう思うと、少しだけ楽になった。
電車が来た。
電車に乗った。
電車はレールの上を進んでいく。
暗闇を抜けて、次の駅に向かっていく。
俺もそのうち、どこかに着くだろう。どこかには、着くんだ。
私のレールはどこに着くのだろうか?
私の終着駅はどこなのだろうか?

