追い抜かれる側の焦燥。――理想の「貯金額」という特快列車に、私はいつ追いつけるのか。
また、やってしまった。
帰りの電車のホームで、俺は滑り込んできた快速電車にとにかく乗り込んだ。乗れればいい。とにかく乗ってしまえば何とかなる。そういう、深く考えない判断だった。
しばらくして、スマホを見た。
「あっ!」
また、だ。朝と、完全に同じミスだ。私はまた、朝と同じミスを繰り返していた。
私は特別快速に乗るべきだったのだ。
さすがに俺は、自分のことが少しおかしくなってきた。同じ日に、同じルートで、同じミスを二回する人間というのは、どういう人間なのだろう。
学習能力がないのか。それとも、脳が「来た電車に乗る」という原始的な本能に完全に支配されているのか。
でも、笑えないのは、この「また追い抜かれる側」という感覚が、電車の話だけじゃないような気がしてくることだ。
後から来た列車が、涼しい顔で追い抜いていく
途中の小さな駅に電車が止まり、しばらくして、特別快速が来た。
俺が乗っている快速を、あっという間に抜かしていった。後から来たはずなのに、気づいたら前にいる。どんどん離れていく。テールランプが小さくなっていく。
この感覚、知っている。
電車の話じゃなくても、俺はこれをたびたび体験してきた。
同じくらいのタイミングで動き始めたはずの人間が、気づいたらずっと前にいる。
同じ情報を持っていたはずなのに、向こうはそれを活かして、いつの間にか別の景色を見ている。
俺が各駅停車で一駅一駅止まっている間に、向こうは特快で四駅も五駅も先に行っている。
追いつける気がしない、と正直思う。
思うから、焦る。
焦るから、また何も考えずに来た電車に飛び乗る。
……そういう悪循環が、もしかしたらどこかで起きているのかもしれない。
後から来たはずの特快が、涼しい顔をして私を置き去りにしていく。
その物理的な現象は、あまりにも残酷な、リアルな世界の比喩だった。
社会の時刻表と、俺の通帳
各駅停車、快速、特別快速。
世の中には、新幹線のような速度で富を築き、理想の目的地へスイスイと辿り着く人々がいる。
一方で、私はどうだろうか。
この年齢ならこのぐらいの貯金があるべきだ、という『社会の時刻表』。
それに対して、手元の通帳(リサーチデータ)が示す現実は、あまりにも遅延が激しい。
この年齢なら、このくらいの貯金があるべきだ。
という空気が、この社会にはある。
誰かが決めた時刻表みたいなものだ。30代ならこのくらい、40代ならこのくらい、というやつ。
新幹線に乗っている人はとっくにそこを超えていて、特快の人もそこそこ追いついていて、快速の人はギリギリ射程内で、俺は各駅停車かな?車?自転車?徒歩?
いや、俺はもしかしたらその辺に寝転んでいるだけなのかもしれない。各駅停車にすら乗れていないのかもしれない。
この話、前にも書いた気がする。そして今日また、同じことを考えている。
なんの比喩なのだろうか?
目的に早く達することのできる人?
グズグズしている人とスイスイ行ってしまえる人?
進みたいのに、進めない。
進めていないのに、理想だけが先に行く。理想という名の特快が、俺の横を涼しい顔で通り過ぎていく。
通帳の数字という現実のデータは、その理想のテールランプにどんどん置いてかれている。
なんとかしなくちゃ、という言葉が、また頭の中で小さく鳴り始める。
なんとかしなくちゃ。なんとかしなくちゃ。
でも「なんとかする」の具体的な中身がまだぼんやりしているから、焦りだけが空回りしていく。
理想と現実の距離が、特急列車のテールランプのように遠ざかっていく。
焦っていない、とは言わない
焦っていない、と自分に言えば嘘になる。
焦っている。正直に言って、焦っている。
同い年の人間と自分を比較すると、差がある。その差が縮まっているかというと、縮まっていない気がする。縮まるどころか、開いていく感じがある。
でも、ここで少し立ち止まって考えたい。
ただ焦るだけでは、何も変わらない。
朝も焦って、考えずに電車に飛び乗った。帰りも焦って、考えずに電車に飛び乗った。焦りが判断を狂わせた結果が、今日の二回のミスだ。
焦りは、エンジンにも毒にもなる。
うまく使えば推進力になるけれど、ただ燃やしているだけだと、大事な判断力を焼いてしまう。
だから今俺が本当にすべきことは、焦ることじゃない。「どこで乗り換えればいいのか」を、ちゃんと考えることだ。
『特別快速』に乗り換えられる駅もある
ここで気づいたことがある。
特快には抜かれるだけでない、「特快に乗り換えができる駅」もある。
その駅に着いた時に、特快が来る。
それは「このまま各駅停車に乗り続けるか、特快に乗り換えるか」を選べる瞬間でもある。乗り換えを選べば、そこから先は特快のスピードで進める。
絶望だけじゃないのかもしれない。
自分の現在地が遅いと認めた瞬間から、本当の『戦略』が始まるのかもしれない。
自分が各駅停車にいることを認識して、特快が来るタイミングを把握できているということでもある。それはひとつの情報だ。リサーチの結果だ。
各駅停車だからこそ、一駅一駅に止まれる。
特快が飛ばしてしまう駅では降りない。
特快が止まる駅で降りれば、乗り換えることができる。
簡単な話だ。
それはそれとして、「乗り換えはどこでできるか」「次の特快はいつ来るか」「自分はどの路線に乗るべきか」——そういうことを、走りながら少しずつ調べて計画を立てる。
遅い、ということは、情報を拾う時間があるということでもある。
……と思うことにした。信じきれているかどうかは別として、そう思った方が心は軽い。
次の接続駅で、俺は動く
このまま寝ころび続けることはできないだろう。そして、各駅停車で終わるつもりもない。
なんとかしなくちゃいけない。特快に、新幹線に、いつかは乗り換えなければならない。
それだけは確かだ。
経済的な遅れを一気に取り戻せる「加速装置」がどこかにある、と俺は信じている。
それがどこにあるのかを、お金のことをリサーチし続けながら探している。サイトを作っているのも、その一環だ。
『どこで乗り換えればいいのか』を、徹底的にリサーチし続ける。
そのためにこの「お金検索」というサイトも作ったんだ。
一駅一駅、情報を拾いながら進んでいる途中だ。
車窓の外を、街が流れていく。
スマホの検索窓を、また叩く。
次の接続駅で、私は必ず、自分の人生を『特快』へとシフトさせる。
今はそのつもりでいる。
そのつもりでいるだけだけど——でも、そのつもりでいることが、まず最初の一歩なのかもしれない。

