【9】「各駅停車」の絶望と、特快への乗り換え戦略。

追い抜かれる側の焦燥。――理想の「貯金額」という特快列車に、私はいつ追いつけるのか。

また、やってしまった。

帰りの電車のホームで、俺は滑り込んできた快速電車にとにかく乗り込んだ。乗れればいい。とにかく乗ってしまえば何とかなる。そういう、深く考えない判断だった。

しばらくして、スマホを見た。

「あっ!」

また、だ。朝と、完全に同じミスだ。私はまた、朝と同じミスを繰り返していた。

私は特別快速に乗るべきだったのだ。

さすがに俺は、自分のことが少しおかしくなってきた。同じ日に、同じルートで、同じミスを二回する人間というのは、どういう人間なのだろう。

学習能力がないのか。それとも、脳が「来た電車に乗る」という原始的な本能に完全に支配されているのか。

でも、笑えないのは、この「また追い抜かれる側」という感覚が、電車の話だけじゃないような気がしてくることだ。

目次

後から来た列車が、涼しい顔で追い抜いていく

途中の小さな駅に電車が止まり、しばらくして、特別快速が来た。

俺が乗っている快速を、あっという間に抜かしていった。後から来たはずなのに、気づいたら前にいる。どんどん離れていく。テールランプが小さくなっていく。

この感覚、知っている。

電車の話じゃなくても、俺はこれをたびたび体験してきた。

同じくらいのタイミングで動き始めたはずの人間が、気づいたらずっと前にいる。

同じ情報を持っていたはずなのに、向こうはそれを活かして、いつの間にか別の景色を見ている。

俺が各駅停車で一駅一駅止まっている間に、向こうは特快で四駅も五駅も先に行っている。

追いつける気がしない、と正直思う。

思うから、焦る。

焦るから、また何も考えずに来た電車に飛び乗る。

……そういう悪循環が、もしかしたらどこかで起きているのかもしれない。

後から来たはずの特快が、涼しい顔をして私を置き去りにしていく。

その物理的な現象は、あまりにも残酷な、リアルな世界の比喩だった。

社会の時刻表と、俺の通帳

各駅停車、快速、特別快速。

世の中には、新幹線のような速度で富を築き、理想の目的地へスイスイと辿り着く人々がいる。

一方で、私はどうだろうか。

この年齢ならこのぐらいの貯金があるべきだ、という『社会の時刻表』。

それに対して、手元の通帳(リサーチデータ)が示す現実は、あまりにも遅延が激しい。

この年齢なら、このくらいの貯金があるべきだ。

という空気が、この社会にはある。

誰かが決めた時刻表みたいなものだ。30代ならこのくらい、40代ならこのくらい、というやつ。

新幹線に乗っている人はとっくにそこを超えていて、特快の人もそこそこ追いついていて、快速の人はギリギリ射程内で、俺は各駅停車かな?車?自転車?徒歩?

いや、俺はもしかしたらその辺に寝転んでいるだけなのかもしれない。各駅停車にすら乗れていないのかもしれない。

この話、前にも書いた気がする。そして今日また、同じことを考えている。

なんの比喩なのだろうか?

目的に早く達することのできる人?

グズグズしている人とスイスイ行ってしまえる人?

進みたいのに、進めない。

進めていないのに、理想だけが先に行く。理想という名の特快が、俺の横を涼しい顔で通り過ぎていく。

通帳の数字という現実のデータは、その理想のテールランプにどんどん置いてかれている。

なんとかしなくちゃ、という言葉が、また頭の中で小さく鳴り始める。

なんとかしなくちゃ。なんとかしなくちゃ。

でも「なんとかする」の具体的な中身がまだぼんやりしているから、焦りだけが空回りしていく。

理想と現実の距離が、特急列車のテールランプのように遠ざかっていく。

焦っていない、とは言わない

焦っていない、と自分に言えば嘘になる。

焦っている。正直に言って、焦っている。

同い年の人間と自分を比較すると、差がある。その差が縮まっているかというと、縮まっていない気がする。縮まるどころか、開いていく感じがある。

でも、ここで少し立ち止まって考えたい。

ただ焦るだけでは、何も変わらない。

朝も焦って、考えずに電車に飛び乗った。帰りも焦って、考えずに電車に飛び乗った。焦りが判断を狂わせた結果が、今日の二回のミスだ。

焦りは、エンジンにも毒にもなる。

うまく使えば推進力になるけれど、ただ燃やしているだけだと、大事な判断力を焼いてしまう。

だから今俺が本当にすべきことは、焦ることじゃない。「どこで乗り換えればいいのか」を、ちゃんと考えることだ。

『特別快速』に乗り換えられる駅もある

ここで気づいたことがある。

特快には抜かれるだけでない、「特快に乗り換えができる駅」もある。

その駅に着いた時に、特快が来る。

それは「このまま各駅停車に乗り続けるか、特快に乗り換えるか」を選べる瞬間でもある。乗り換えを選べば、そこから先は特快のスピードで進める。

絶望だけじゃないのかもしれない。

自分の現在地が遅いと認めた瞬間から、本当の『戦略』が始まるのかもしれない。

自分が各駅停車にいることを認識して、特快が来るタイミングを把握できているということでもある。それはひとつの情報だ。リサーチの結果だ。

各駅停車だからこそ、一駅一駅に止まれる。

特快が飛ばしてしまう駅では降りない。

特快が止まる駅で降りれば、乗り換えることができる。

簡単な話だ。

それはそれとして、「乗り換えはどこでできるか」「次の特快はいつ来るか」「自分はどの路線に乗るべきか」——そういうことを、走りながら少しずつ調べて計画を立てる。

遅い、ということは、情報を拾う時間があるということでもある。

……と思うことにした。信じきれているかどうかは別として、そう思った方が心は軽い。

次の接続駅で、俺は動く

このまま寝ころび続けることはできないだろう。そして、各駅停車で終わるつもりもない。

なんとかしなくちゃいけない。特快に、新幹線に、いつかは乗り換えなければならない。

それだけは確かだ。

経済的な遅れを一気に取り戻せる「加速装置」がどこかにある、と俺は信じている。

それがどこにあるのかを、お金のことをリサーチし続けながら探している。サイトを作っているのも、その一環だ。

『どこで乗り換えればいいのか』を、徹底的にリサーチし続ける。

そのためにこの「お金検索」というサイトも作ったんだ。

一駅一駅、情報を拾いながら進んでいる途中だ。

車窓の外を、街が流れていく。

スマホの検索窓を、また叩く。

次の接続駅で、私は必ず、自分の人生を『特快』へとシフトさせる。

今はそのつもりでいる。

そのつもりでいるだけだけど——でも、そのつもりでいることが、まず最初の一歩なのかもしれない。

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