制服という名の「透明な仮面」——着ると消える、私の欲の話

制服を着ると、いつもの自分が消える。

これは比喩じゃない。本当にそうなる、と気づいたのはつい最近のことだ。

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きっかけは、コンビニの棚の前だった

夜勤明けに着替えて、私服でコンビニに入った。

棚の前で、しばらく動けなかった。

肉まん。新作のアイス。少し高い缶ビール。手が勝手に伸びそうになる。

そのとき思った。

制服を着ているときは、こうならない。

勤務中にコンビニに立ち寄ることがある。そのとき私が買うのは、大体コーヒー一杯か、お茶だけだ。棚の前で迷わない。手が伸びない。

なぜだろう。腹は、同じくらい空いているのに。

「制服 心理」で検索してみた

気になって、夜勤中にスマホで調べてみた。

寒い夜だった。駐車場の隅に立って、手袋越しにスマホを操作しながら。

「制服 心理」と打ち込んだら、いくつかのサイトに似たようなことが書いてあった。

要約するとこうだ。人は制服を着ると、「自分個人」より「役割」を優先するようになる。

へえ、と思った。名前がついてるのか、これ。

もう少し読むと、こんなことも書いてあった。制服を着ると「自分がどう見られるか」を考えなくなる。代わりに「自分は何をすべきか」だけを考えるようになる、と。

そうか。だからコンビニで迷わないのか。

制服の私には「警備員としての任務」しかない。欲しいものを考える回路が、どこかに片付けられている。

制服を着た瞬間、私は岡根健作ではなくなる

これは大げさでも何でもない。

岡根健作には、欲がある。疲れがある。今日の不満がある。財布の心配がある。

でも制服の私には、任務がある。ただそれだけだ。

夜中の駐車場で一人立っていると、むしろそれが楽だと思う。考えることが多すぎる私服の時間より、何も考えなくていい制服の時間のほうが、静かだ。

ブーツの底から伝わってくるアスファルトの冷たさだけが、自分がここにいることを教えてくれる。

風が吹くたびに、制服の胸元がばたつく。

そのたびに、なんとなく思う。今の俺は、岡根健作じゃないな、と。

これはお金の話でもある

ただ、ここで終わらせると、ただの夜勤エッセイになってしまう。

俺がこれを書いているのは、お金検索のサイトだからだ。

制服を脱いだ瞬間、欲が戻ってくる。

「今日も頑張った」「寒かった」「疲れた」。そういう言葉が、財布を開ける理由になる。

コンビニで缶ビールを買う。帰り道に牛丼屋に寄る。スマホでゲームのガチャを回す。そういうことが、夜勤明けに限って起きやすい。

これを心理学では「自我消耗」と呼ぶらしい。難しい言葉だが、要するに「頑張ったあとの脳は疲れていて、欲求に勝てなくなる」ということだ。

意志の力には、燃料がある。その燃料が切れた状態が、夜勤明けの私服の俺だった。

私を散財させているのは、制服を脱いだあとの自分だ

なんとも情けない話だが、これは本当のことだと思う。

お金を使わない一番簡単な方法は、自分の欲を消すことかもしれない。ずっと制服を着ていればいい。冗談みたいだが、原理としては正しい。

でも、それは解決じゃない。

制服を脱いだあとの自分が、どうするか。そこが本当の問題だ。

夜勤明けにコンビニへ寄らない。帰り道のルートを変える。家に着いたらすぐ着替えずに、しばらく制服のまま座っている。そういう小さな工夫を、最近試している。

効果があるかどうかは、まだわからない。

ただ、問いが少し鮮明になった。それだけでも、今日スマホで検索した価値はあったと思っている。

夜中の駐車場で、冷たいアスファルトの上に立ちながら。

岡根健作のひとりごと

制服を着ると節約できる、ってなんか笑える話だけど、あながち冗談でもないらしい。

心理学に「エンロールド・コグニション」という考え方があって、要するに「環境や服装が、思考や行動のパターンを変える」ということ。着るものを変えると、財布の使い方も変わるかもしれない。

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